-居酒屋経営の経験が自分の商売の考え方を育んだ

 その時に、これは商売が上手くいったというより自分がお店に立って商売が成立することだったんだなと気づいたんです。結局その居酒屋は8年間くらいやってましたが今はもうなくなりましたね。最後は不良のたまり場になっちゃいまして、もうダメだなって。笑

 だから“自分がお店に出ないと商売にならないような商売は、商売ではない”というのと、“自分がいなくてもしっかりと運営できるお店を作る”というのが僕の店作りの1つのコンセプトになっています。その痛い目にあった経験から「商売をナメてはいけないな」って思いましたよね。

-ラーメン屋で当時はなかったセカンドブランド展開を始めた

 当時はラーメン業界で“セカンドブランド”なんてなかったので、もしからしたらウチのグループが日本初かもしれないんですけど、22歳の頃にはセカンドブランドとして店を出すことを決めていたので、「屋号を変えてやろう」って思っていました。そのラーメン屋のコンセプトは「信州の人達に世の中のいろいろなラーメンを食べてもらいたい」っていうことで25歳くらいの時に、3つ目になる24時間営業の豚骨ラーメン屋をオープンしたんです。ラーメン屋としては2号店目になりますね。

 この2号店目のラーメン屋は豚骨ラーメン屋なんだけど、低下水麺を使っていたので「こんなのそうめんだとか、麺が煮えていない」とか大バッシングだったんです。でも、皆様に分かってもらいたいって信じて続けてきた結果、爆発まではいかないですけど多くのお客様に愛されて12年間売上が上がり続けました。今では、地元ではソウルフードみたいな感じになってきていますね。